top of page
検索
日本キリスト改革派 田無教会

2023年5月28日「キリストの名によって歩きなさい」主日礼拝

  • 聖書箇所:使徒言行録3章1-10節

 

今日の礼拝は「ペンテコステ記念主日礼拝」と銘打たれています。ペンテコステは教会が生まれた記念日です。聖書には、教会が生まれたその日のことがしっかりと記録されています(2章)。クリスマスやイースターに比べて、ペンテコステがあまり知られていないのは残念です。

ペンテコステの朝に地上にくだられた聖霊は、天におられるイエス様から地上の教会に贈られたプレゼントです。イエス様が教会に聖霊を贈ってくださったのは、イエス様自身の喜びのためです。聖霊が留まるところに、イエス様が霊的に(リモートのように?)おられます。イエス様は、聖霊において、地上の教会と共におられることを、喜びとしておられます。イエス様が贈ってくださったプレゼントは、どれほど素晴らしいのでしょうか。今日はそのことについてお話しします。

ペトロとヨハネ。彼らは教会の中心的リーダーで、彼らの言動は教会を代表して行った言動と言えます。彼らは午後三時の、人が集まる祈りの時刻に神殿に上りました。同時間帯に、神殿の門のところに「生まれながら足の不自由な男」が運ばれて来ました。「運ばれて」「置いてもらっていた」彼は、人間としておよそ丁寧には扱われていなかったようです。男は、両足の不自由に加えて、社会からの抑圧の中で生きていました。彼が運ばれて来た目的は、施しを乞うためです。信心深い参拝者がたくさん来る午後三時の門前は、施しを乞うための一等地でした。

そしてこの日、男はペトロとヨハネに金銀の施しを求めました。二人はその求めに応じます。しかし彼らが与えたのは金銀ではありません。もっと素晴らしいプレゼントです。ペトロは足の不自由な男に「キリストの名によって歩きなさい」と言いました。その言葉に応じて彼が立ち上がろうとすると、「男の両足やくるぶしがしっかりして、彼が歩きだす」という奇跡が起こりました。

男が歩くことを諦めず、足に力を込めてみたのは、ペトロの言葉に対する期待があったからです。ペトロとヨハネ(教会)は、彼を丁寧で人格的な眼差しで見つめました。男は、その眼差しを信頼したのでしょう。このように教会は、様々な抑圧から自由になりたいという人に、イエス様からのプレゼントである聖霊をお裾分けします。受け取る人は、イエス様と教会に期待して、手を差し出すようにして、救いのプレゼントを受け取ります。

教会によって渡される聖霊のプレゼントは、求める者の期待を超えています。金銀を求めた男に金銀が渡されなかったように、期待したものとは違うものが渡される場合もあります。足の不自由な人には常に足の癒しのプレゼントが与えられるわけではありません。しかし、必ずそれよりも素晴らしい方法で、聖霊のプレゼントは、受け取った人を必ず救い、喜びで満たします。

歩けるようになった男が最初に行ったことは、礼拝(神殿に入ること)でした。神礼拝は、神と共にいたいという態度を示す行動です。彼は喜びのあまり、神と共にいることを欲したのです。教会と共にいることを喜ぶ神・イエス様は、神礼拝を喜ばれます。礼拝は喜びの営みです。

教会は、イエス様に救ってもらった人々の共同体です。ペトロもヨハネも、イエス様に救ってもらって、その弟子となりました。他の教会員も、救われて、教会に加えられました。教会は、救われた喜びを表現するために、毎週の礼拝をささげているのです。

プレゼントを渡す時、ペトロは「ナザレの人イエス・キリストの名によって歩きなさい」と言いました。この言葉は、これから起こる奇跡がイエス様によってなされる救いの奇跡であると表現するものです。ペトロ(教会)の力は、イエス様の救いの業の代行者としての力なのです。

イエス様が教会を通して配った救いのプレゼントは、人々を心身共に、そして罪(神様を軽視し、律法に背くこと)ゆえの罰からも救います。このプレゼントを受ける人は誰でも、罪の意識に支配されることもありません。

イエス様は、十字架で人々の罰の身代わりとして死んだ後に復活された、命そのものであるお方です。男の、全く機能しなかった両足には新しい命が与えられ、その男自身も新しい人生を手に入れました。まさに彼は、「イエス・キリストの名によって歩く人」となったのです。

ペンテコステは、聖霊という「人生最高のプレゼント」が教会によって全世界に配られ始めた日でもあります。内輪だけでなく、多くの人に教会に来てもらい、一緒に祝いたい記念日です。

イエス様がいつも共におられる教会には、イエス様の代理としての、愛の眼差しがあります。これからも、教会に来て、愛の眼差しを受け、最高のプレゼントを受け取ってください。そして受け取ったら、礼拝で共に喜びを表わしましょう。教会に行きたくても行けない人も諦めないでください。教会に仲間を加えるのを喜びとされるイエス様が、その方を「イエス・キリストの御名によって自由に歩かせ」、教会につながれるよう、プレゼントを贈ってくださいます。イエス様を信じて、イエス様の眼差しに期待して、救いのプレゼントを受け取ってください。

(牧師 伊藤築志)

閲覧数:18回

Comments


bottom of page