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  • 日本キリスト改革派 田無教会

2021年5月23日「神の霊に満たされて」主日礼拝


  • 聖書箇所:新約聖書 使徒言行録 2章14-21節

  • メッセージ:中山仰牧師

 風は思いのままに吹く(ヨハネ3:8)ように、神の霊は人格(神格)を持っている。

 風を視ることはできない。しかしあることは分かる。愛を目で見ることはできない。しかし愛することはできるし、私たちの間に、愛を知り得ることは確か。神がおられることもそれ以上に確かである。

聖霊のお働きは、ヨハネ16:12-14にあるように、真理をことごとく悟らせこれから起こることを告げる。

ところで、あの人ではなくてなぜ私が救われているのか。ローマ9:13に、神はヤコブ選びエサウを憎んだとある。神の主権のままでその選びは誰も分からない。逆に特別な要因や価値もないのに選ばれたことは、破格の恵みでしかない。

神の愛は裏切った弟子たちへの赦しに見られる(使徒2:14)。そのような徹底的な愛と赦しであるゆえに、聖霊を冒涜する罪は赦されない。

ペンテコステ(聖霊降臨)の時、使徒2:1-4にあるように弟子たちは各国の言葉で話し出した。それは神の福音が弟子たち教会を通して全世界へ広がっていくことを意味した。いわば教会の誕生日。この神がかった出来事は、ヨエル書3:1-5の成就である。それゆえ預言に聴くか聴かないかで、救いか滅亡かに分かれる。聖霊を冒涜するか従うかで、人生の分かれ目となる。

 しかし、例外なしに主の名を呼び求める者は皆、救われる。そこには差別はない。

求める私たちの祈りに応える神がおられる。イエス・キリストの御名を通して父なる神に祈ることができるのは、間違いなく聖霊の導き執り成し。

復活された主は弟子たちに現れられた。そして言う。ヨハネ20:22「あなたがたに平和があるように。父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなたがたを遣わす。」そう言ってから、彼らに息を吹きかけて言われた。「聖霊を受けなさい。だれの罪でも、あなたがたが赦せば、その罪は赦される。だれの罪でも、あなたがたが赦さなければ、赦されないまま残る。」

 「息を吹きかける」とは、神が息を吹きかけて生きる者としたアダムの創造を暗示している。復活した主イエスは、今や新しい人間の造り主である。使徒たちの派遣は、主イエスが使徒たちに聖霊を授けることによって行われる。使徒たちは聖霊に導かれて使徒職を果たすことができる。そのように使徒職の基礎は聖霊によって立てられている。罪を赦す権威は、聖霊により弟子たちに与えられている。聖霊はいつまでも教会の中に留まるので、教会はその権能を世の中に示し、果たして行く。


田無教会牧師 中山仰

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