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  • 日本キリスト改革派 田無教会

2023年2月5日「出発点はイエスの言葉」主日礼拝

  • 聖書箇所:使徒言行録1章1-8節

 

今週から使徒言行録の連続講解に取り組みます。理由: ①前任の中山仰先生がルカ福音書の連続講解をしてくださったこと。使徒言行録はルカ福音書の続編です。記者ルカがイエスの宣教活動(使徒1:1-2)の記録である第一巻(「福音書」)だけでなく、その後の使徒の宣教活動の記録を続編「使徒言行録」として著す必要を覚えたように、私も田無教会の説教において第二巻まで進む必要があると考えました。 ②異教社会における原始キリスト教会の様子を学べること。この学びは異教社会の中に置かれた田無教会にとって有益でありましょう。

イエス様は十字架の死の三日目に復活されましたが、「復活」は前代未聞のことですから誰もが一度は疑います。イエス様が特別にお選びになった「使徒」であるトマスもそうでした(ヨハネ20:24-25)。ですからイエス様は、使徒たちに疑わずに復活の事実を受け入れさせるため、復活の事実を「数多くの証拠をもって」、しかも40日にわたって何度もお示しになりました。40日間を通して、使徒たちは、イエス様の復活の事実をじっくり目撃したのです。

イエス様の復活は、イエス様の宣教の中心点(ルカ8:1)である「神の国」そのものでした。「神の国(神の王国)」とは、神様が人と共に住んで統治してくださることです。神であるイエス様が使徒たちと過ごされた日々は、まさに神の国を先取りでした。イエス様の復活は、神の国が死の力によっても打ち破られないことを示します。イエス様が御自身の復活を示されたことと、「神の国について話された(3節)」こととは、切り離せません。

イエス様が使徒たちに復活を示して神の国についてお話しになったのは、地上での宣教活動を引き継がせるためでした。引き継ぎに当たり、イエス様は、使徒たちに「エルサレムを離れず、前にわたしから聞いた、父の約束されたものを待ちなさい(4節)」とおっしゃいました。「父の約束されたもの」とは、イエス様を証しする聖霊(ヨハネ15:26)です。使徒たちは、イエス様が死よりも強く、神の国が死の力では打ち破られないことを確信し、非常に元気づけられていたと思います。嬉しいことは、親しい人に伝えたくなるものです。使徒たちも故郷ガリラヤでイエス様の復活を知らせたくなったかもしれません。イエス様はそのような使徒たちに「エルサレムを離れず、聖霊を待つように」と釘をお刺しになりました。なぜなら使徒たちには、聖霊の御力を受けずして「イエス様の復活=神の国」を正しく知らせることができないからです。

実は、神の国についての使徒たちの理解には、間違いが含まれていました。彼らは集まって、「主よ、イスラエルのために国を建て直してくださるのは、この時ですか(6節)」と問いました。イスラエルの国家は、神様からの特別な配慮を受けながらも崩壊し、使徒たちが生きた時代にはローマ帝国の支配下にありました。そのような中で使徒たちは、イエス様を「国を立て直してくれる政治的な救い主」と誤解し、イスラエル民族のための国の立て直しを待ち望んでいました。イエス様がどれだけ「神の国」を教え、御自身の復活を証ししても、使徒たちは神の国を「イスラエル民族のために神様が統治する、神の国」と誤解したのです。きっと彼らは、イエス様が共にいてくれる今こそ立て直しの絶好のチャンスだと考えたのでしょう。

問いに対し、イエス様は「7父が御自分の権威をもってお定めになった時や時期は、あなたがたの知るところではない。 8あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる(7-8節)」とお答えになりました。まずイエス様は「使徒たちは神様の権威の領域に踏み込んでまで詮索すべきでない」とおっしゃいました。使徒たちには他にもっとすべきことがあります。それは「イエス様の証人となる」ことです。イエス様の証人となるということは、つまりイエス様の宣教の後継者になるということです。先述のとおり、そのためには聖霊の御力を受ける必要があります。そしてイエス様の証人としての働きは、「地の果てに至るまで」なされることが期待されます。使徒たちが誤解していた通り「神の国」がイスラエル民族のための国であれば、イスラエル民族にだけ証しすればよいはずです。しかし、イエス様は民族の壁を超えて証しすることを語られました。実に、「神の国・イエス様が復活された事実」は、イスラエル民族だけのローカルのものでなく、全世界の・全ての人が知るべき世界規模の事柄なのです。

イエス様が使徒たちに語られた言葉によって、使徒たちの世界宣教への働きが始まりました。使徒たちに託された宣教の働きは、使徒たちの時代が終わると、キリスト教会に引き継がれて行きました。全世界の教会が、イエス様から使徒に与えられた権威を土台として、今も世界中で宣教を続けています。ですから、教会の出発点も、使徒たちに語られたイエス様の言葉にあったと言えます。

もともとは神の国についての正確な理解を持たなかった使徒たちですが、彼らに宣教を引き継ぐにあたりイエス様は「自分の力に頼らず聖霊を待ち」「余計な詮索をせず、イエス様の証人となることに専念する」とお話しになりました。そのことが、使徒たちの、そして教会のとるべき姿勢です。田無教会も、イエス様のこれらの言葉を覚えて営みを続けてまいりましょう。

私たちは(エルサレムから見て)東の果てかのような日本での「神の国」の宣教に触れ、聖霊によってイエス様に結び合わされて信仰者となりました。未だ神の国の全貌を知らず、誤解もする私たちですが、イエス様は聖霊を遣わしてくださり、私たちをも地の果てにおける神の国の証人となさいました。すべての人々に復活を証しするため、キリストの体である田無教会がここに立てられています。その体の器官(一コリ12:27)である私たちも、証人としての働きをなすべく、イエス様の言葉を覚えて生活しましょう。

(牧師 伊藤築志)

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