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  • 日本キリスト改革派 田無教会

2020年4月26日「まだ世の終わりではない」主日礼拝


  • 聖書箇所:新約聖書 マタイによる福音書24章1-14節

  • メッセージ:ジョンソク・ゴー協力宣教師

 

おはようございます。 今日も私たちを、それぞれの場所で、心を合わせて、神様を礼拝するように導いてくださった神様に感謝を捧げます。 私は3月8日、同じ本文から、「慌てないように気をつけなさい」という題目で共に主の慰め、導き、そして癒しと和解の福音をお聞きしました。その後、コロナウイルスの脅威は益々強くなり、そして身近なものになり、今月8日から始まった緊急事態宣言による自粛の歩みは当分続くようですね。ご存知の通り、今の緊急事態の自粛期間は5月6日までになっています。そして、その期間を延長するか否かを5月大型連休中に判断するそうです。 こんな時期、私たちはイエス様を信じている私たちに与えられている神様からの福音をもう一度お聞きしたいと願っております。そしてこの福音に生かされ、主の民として今週一週間も素晴らしい福音を証しする信仰の歩みが出来ますようにお祈り致します。 今日は、一つの質問をもって本文の解き明かしを始めたいと思います。 皆さん、「生きるにも死ぬにも、あなたのただ一つの慰めは何ですか。」 今、コロナウイルスの脅威の中で、かなりの人々が命を亡くされました。多くの人々は今死ぬか生きるかの戦いの真ん中を通っています。さらに多くの人々は自分が感染者になってしまい、他の人々に、特に健康が望ましくない人々やお年寄りの方々に、ウイルスを感染させるものになっているかも知れいない状況の中で、息苦しさを感じているでしょう。このような状態の中に置かれているからこそ、この質問が必要かもしれません。皆様ご存知の通り、答えは、「わたしが私自身のものではなく、身も魂も、生きるにも死ぬにも、私の真実な救い主イエス・キリストのものであることです。」願わくは、この信仰告白の言葉が、頭とか唇だけの告白ではなく、揺るがない、心からの確信でありますように。 今の状態がどれほど深刻なのかは世界の指導者たちの言葉でわかるような気がします。「我々は戦争状態にある」(フランスのマクロン大統領)、「自分は戦時の大統領。戦争には打ち勝たなければならない」(米国のトランプ大統領)。阿部首相も4月10日行われたジャーナリストの田原さんとのインタビューにて「第3次世界大戦はおそらく核戦争になるであろうと考えていたが、コロナウイルス拡大こそ第3次世界大戦であると認識している」と言われたそうですね。 指導者たちがこのような表現をする時、その話を聞く国民たちの心はどうなりますか。 今日の本文の御言葉を通して、主がコロナウイルスの脅威の真ん中を通りかかっている私たちに主の慰めと、導き、そして癒しと和解の祝福をお与えくださいますように。そして、不安や恐怖感、無力感が蔓延る暗黒のようなこの時期、キリスト者に与えられた主の平和の内に留まることが出来ますように。 ヨハネ14章27節 私は、平和をあなたがたに残し、私の平和を与える。私はこれを、世が与えるように与えるのではない。心を騒がせるな。おびえるな。 ヨハネ14章18節 わたしは、あなたがたをみなし子にはしておかない。あなたがたのところに戻ってくる。 今日の本文の中、2節に、素晴らしい神殿の建物を見て、感動している弟子たちにイエス様は本当に意外な話、神殿の徹底的な破壊を予告します。そのイエス様の予告は実現され、今、エルサレムには神様の神殿はありません。今エルサレムに輝いている神殿は「The Dome of the Rock」、岩のドームと呼ばれているイスラム教の神殿です。昔アブラハムが息子イサクを神様のご命令によって、いけにえとして捧げようとした場所を取り囲む形での神殿になっています。 イエス様のお話を聞いた弟子たちは、まさかと思ったに違いありません。天地を創造された全能の神様がご自分の神殿を他の神に奪われるなんて、ありえない話ではありませんか。 3節で「おっしゃってください。そのことは何時起こるのですか。また、あなたが来られて世の終わる時には、どんなしるしがあるのですか」とイエス様に聞きました。イエス様はその弟子たちの質問に答えて、25章までに終末の教えを続けられます。この終末の話しはイエス様が十字架に付けられる二日前の出来ことでした。 その中からの一部、4節から14節までの言葉をもって、もう一度、主の備えられた福音のメッセージをお聞きしたいと願っております。 1.今日の本文でイエス様はエルサレム神殿の破壊日、そして終末の様子を弟子たちに明らかにしました。 弟子たちは3年半、イエス様と一緒に生活しました。毎日、主の教えを聞き、毎日主と共に出かけ、毎日のように奇跡を目撃したはずです。もしかしたら、何もない日には、先生、今日は何か面白い事ありませんかと聞いたかもしれません。 イエス様の教えを毎日のように聞いていたにも関わらず、弟子たちはイエス様の教えに自分の歩みを合わせることより、イエス様の素晴らしいパワーを自分たちの夢のために使おうとしたようです。イエス様は罪人のために十字架に付けられ、死ぬためにエルサレムに入場され、二日後には十字架に付けられ、死ぬことになっていましたが、弟子たちはイエス様と共に地上での神の国を描いていました。 マタイ16章21節、 「このときから、イエスは、ご自分が必ずエルサレムに行って、長老、祭司長、立法学者たちから多くの苦しみを受けて殺され、三日目に復活することになっている、と弟子たちに打ち明け始められた。 マルコ10章35節ヨコブとヨハネがイエス様に「先生、お願いすることをかなえて頂きたいのですが」と言いました。お母さんを連れ出して、神の王国が建国される時、自分たちのポストを作るための作戦に入りました。 マタイ20章20-21節  「そのとき、ゼベダイの息子たちの母が、その二人の息子と一緒にイエスのところに来て、ひれ伏し、何かを願おうとした。 イエスが、「何が望か」と言われると、彼女は言った。「王座にお着きになるとき、この二人の息子が、一人はあなたの右に、もう一人は左に座れるとおっしゃって下さい。」 このような状態でした。 主に従い、益々膨らむ自分たちの夢に、弟子たちは心を奪い取られてしまいました。 しかし、主はご自分に定められた道を全うされました。これこそ、私たちに与えられた神様からの福音でした。 2.イエス様は、「まだ、この世の終わりではないと」言われました。そして、その終末に関して、様々なことを教えてくださいました。 ー惑わすものが大勢現れますので惑わされないように気をつけなさい。 悪魔の考え―マタイ24章。偽預言者や偽メシアに惑わされないためにはイエス様の教えをよく知っておく必要があります。 最近、日本政府はコロナウイルスがもたらす経済の壁を乗り越えるためにすべての国民に10万円を払うことを決めました。悲しくて、おかしいことはまだお金の配布が始まっていないのに、それを利用して人々のお金をだまし取る為の悪人の働きが激しくなっているというニュースでした。皆様もお気をつけてください。しかし、これよりもっと怖いことがあります。魂を奪い取るための悪魔の策略です。 惑わされないためにはイエス様の教えをよく覚えなければなりません。 ー戦争の騒ぎや戦争のうわさ、民は民に、国は国に敵対し立ち上がり、方々に飢饉や地震が起こり、人々は恐怖に包まれ、パニック状態になる。 -気を落とさないで。恐れるな。おびえるな。 私たち、主を信じる者たちは主が与えてくださった平和をよく覚えておく必要があります。そして、勇敢になる必要があります。ルカ2章14節、ヨハネ14章27節 ーイエス様を信じる者は苦しみを受け、殺される。多くの人々がつまずき、互いに裏切り、憎みあうようになる。不法がはびこり、多くの人の愛が冷える。-互いに愛し合いなさい。敵さえも愛しなさい。 その時、主を信じる者には大きな苦難が訪れます。 互いに裏切り、不法が蔓延り、皆、自分の身を必死で守ることになると、自然に愛は冷えて行きますね。生きることが弱肉強食のジャングルゲームになっていきます。何という難しい時になりますか。 主を信じる私たちはこの時こそ、主にある愛を共に分かち合い、共に励まし、共に心を一つにして、この難しい時を乗り越えなければなりません。 神様はこの戦いのために十分な力と道具を与えてくださいました。 エフェソ6章10-20節 6:10 最後に言う。主に依り頼み、その偉大な力によって強くなりなさい。 6:11 悪魔の策略に対抗して立つことができるように、神の武具を身に着けなさい。 6:12 わたしたちの戦いは、血肉を相手にするものではなく、支配と権威、暗闇の世界の支配者、天にいる悪の諸霊を相手にするものなのです。 6:13 だから、邪悪な日によく抵抗し、すべてを成し遂げて、しっかりと立つことができるように、神の武具を身に着けなさい。 ー御国のこの福音はあらゆる民への証として、全世界に述べ伝えられる。そして、終わりが来る。 弟子たちに彼らが考えもしなかった怖い話を言われた主は、イエス様を信じる者が歩むべき道を明らかにされました。 マタイ7章13-14節 7:13 「狭い門から入りなさい。滅びに通じる門は広く、その道も広々として、そこから入る者が多い。 7:14 しかし、命に通じる門はなんと狭く、その道も細いことか。それを見いだす者は少ない。」 初代教会から主の再臨や終末の教えは大きく非難され、あざけられ、ののしられていました。 様々な困難があろうとも、大変な迫害があっても「まだこの世の終末ではない」ことが何という恵みでしょうか。 愛する人々のためにまだ時間が残っていることが分かります。 第二ペトロ3章3-4節、8-13節。 3:3 まず、次のことを知っていなさい。終わりの時には、欲望の赴くままに生活してあざける者たちが現れ、あざけって、 3:4 こう言います。「主が来るという約束は、いったいどうなったのだ。父たちが死んでこのかた、世の中のことは、天地創造の初めから何一つ変わらないではないか。」 3:8 愛する人たち、このことだけは忘れないでほしい。主のもとでは、一日は千年のようで、千年は一日のようです。 3:9 ある人たちは、遅いと考えているようですが、主は約束の実現を遅らせておられるのではありません。そうではなく、一人も滅びないで皆が悔い改めるようにと、あなたがたのために忍耐しておられるのです。 3:10 主の日は盗人のようにやって来ます。その日、天は激しい音をたてながら消えうせ、自然界の諸要素は熱に熔け尽くし、地とそこで造り出されたものは暴かれてしまいます。 3:11 このように、すべてのものは滅び去るのですから、あなたがたは聖なる信心深い生活を送らなければなりません。 3:12 神の日の来るのを待ち望み、また、それが来るのを早めるようにすべきです。その日、天は焼け崩れ、自然界の諸要素は燃え尽き、熔け去ることでしょう。 3:13 しかしわたしたちは、義の宿る新しい天と新しい地とを、神の約束に従って待ち望んでいるのです。 3)イエス様は弟子たちに、そして私たちに、再臨の時の一番確実なしるしとして「御国のこの福音はあらゆる民への証として、全世界に述べ伝えられる。それから、終わりが来る」と言われ、主を信じる者たちを福音の宣教の御業に呼んでくださいました。 イエス様は弟子たちと共におられた時、いつも彼らに言われました。 ルカ10章2節、-そして、彼らに言われた。「収穫は多いが、働き手が少ない。だから、収穫のために働き手を送ってくださるように、収穫の主に願いなさい。 マタイ9章37-38節  9:37 そこで、弟子たちに言われた。「収穫は多いが、働き手が少ない。 9:38 だから、収穫のために働き手を送ってくださるように、収穫の主に願いなさい。」 ヨハネ 4章35節 4:35 あなたがたは、『刈り入れまでまだ四か月もある』と言っているではないか。わたしは言っておく。目を上げて畑を見るがよい。色づいて刈り入れを待っている。 ヨハネ 17章3節 17:3 永遠の命とは、唯一のまことの神であられるあなたと、あなたのお遣わしになったイエス・キリストを知ることです。 しかし、弟子たちはイエス様の教えを覚えていなかったですね。そして、イエス様が復活なさったその日の夜にもユダヤ人が怖くって、カギをかけ、身を隠していました。何という不信仰な人々だったのでしょうか。 しかし、主が彼らの下に訪ねてくださいました。 ヨハネ20章21-23節 20:21 イエスは重ねて言われた。「あなたがたに平和があるように。父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなたがたを遣わす。」 20:22 そう言ってから、彼らに息を吹きかけて言われた。「聖霊を受けなさい。 20:23 だれの罪でも、あなたがたが赦せば、その罪は赦される。だれの罪でも、あなたがたが赦さなければ、赦されないまま残る。」 何という恵みでしょう。 今、コロナウイルスは私たちに大きな質問を投げかけました。 私たちは今、コロナウイルスによって恐怖や明日への不安、沢山の戸惑いや質問などに頭が爆発しそうだと感じるかもしれません。 まるで弟子たちのような状態かもしれません。 でも、主は恐れ、慄いている弟子たちに言われました。安心しなさい。 コロナウイルスは悪魔ではありません。終末に現れる一つのしるしです。 しかし、悪魔はこのコロナウイルスの脅威を利用して、人々の考えをコロナウイルスの怖さに集中させ、何もかも忘れて、その恐怖から逃れようとする反応(Reaction)を盛り上げ、信仰者の歩みを妨害しようとしています。 マタイ24章22節 24:24 偽メシアや偽預言者が現れて、大きなしるしや不思議な業を行い、できれば、選ばれた人たちをも惑わそうとするからである。 コロナウイルスの脅威を用いて、悪魔が果たそうとする目的は何でしょうか。 今私たちは終末の一つのしるしである、コロナという暗黒の一時を過ごしています。 でも、少し冷静になり、よく分析してみましょう。 コロナウイルスと福音、両方が持つ似ている面ー 怖いです。 人によって感染されます。 面白いのは使徒言行録24章5節でパウロを告発したテルティロは「実はこの男は疫病のような人間です。」と大勢の人々の前で、言いました。何という酷いことでしょうか。 そして、両方の違う面 コロナウイルスは人々の命を脅かし、人々を殺すパワーを持っていますが、 神様の福音は感染者の命を救う唯一の伝染病です。 コロナウイルスは人々に近づくことを許しませんが神様は人々を救うために天の玉座を離れ、この世に来られました。そして、私たちをこの世に遣わされました。 マタイ28章19節 28:18 イエスは、近寄って来て言われた。「わたしは天と地の一切の権能を授かっている。 28:19 だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、 28:20 あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」 最近、専門家たちは、ウイルスから自分の身を守るための様々な貴重な情報を与えてくれました。あまりにも知らなかったウイルスに関して、情報が少しずつ増えて、人々はウイルスにより賢く対抗することが出来ました。しかし、まだまだ知らないことが山ほどありますね。コロナウイルスは本当に怖い存在であることが少しわかってきました。 しかし、今、多くの人々の心はこのコロナウイルスの脅威の中、教会で対面での礼拝を守るか、命を守るために自粛しながら家で礼拝を守るのか良いかという問題だけにとらわれてしまい、両方とも心が苦しくなり、愛が冷えてしまいがちな時期になってしまいました。その二元論としての話しに落ちいてしまったら、本質から離れてしまい、本当の答えは見えなくなってしまいます。 今、多くの人々は命が一番大切ですのでロックダウンして、コロナの脅威が収まる時までにおとなしく待つべきだということだけがイエス様の教えにつながる正しい考えだと思い込んでします。私も、実は、自分の命や隣人の命を守るために国の防疫の指針に従い、政策に乗っ取って、いやそれよりもっと厳しく防疫のことを積極的に実行すべきだと思います。 マタイ8章36節 「人は、たとえ全世界を手に入れたも、自分の命を失ったら何の益があろうか」言われました。人の命は本当に大切です。 しかしながら、イエス様は同時に肉体の命よりさらに大切なことがあると言われましたことも覚えなければなりません。 マタイ10章28節で 「体は殺しても、魂を殺すことの出来ない者を恐れるな。むしろ、魂も体も地獄で滅ぼすことの出来る方を恐れなさい」とも言われました。 コロナウイルスのことで、私たちは皆苦しめられていますが、主の御言葉を覚えておきましょう。 マタイ14章27節 嵐の中で乗っていた船が沈む時、彼らはパニックしました。しかし、主は 14:27 イエスはすぐ彼らに話しかけられた。「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない。」 そして、この世に囚われてしまい、主の再臨を忘れてしまった主を信じる人々に、主は ルカ21章36節 21:36 しかし、あなたがたは、起ころうとしているこれらすべてのことから逃れて、人の子の前に立つことができるように、いつも目を覚まして祈りなさい。」

 

今礼拝堂で礼拝する兄弟姉妹であれ、各自の決めた所で礼拝に参加する兄弟姉妹であれ、心を一つにして、お互いのことを覚えて祈らなければなりません。 礼拝堂に来て礼拝する方々は自分が礼拝堂に来て、礼拝を守っていたから私は信仰者としての責任は果たせたと思う人はいないでしょう。同時に、家で礼拝に参加する兄弟姉妹たちは隔離して礼拝するから人々の命は安心だとも思わないでしょう。 むしろ、礼拝堂に来て、礼拝に参加する兄弟姉妹たちは家で参加している主にある兄弟姉妹たちを覚えて、信仰が強められますように。健康が守られますように。一日でも早く共に礼拝することが出来ますようにと祈るべきです。 そして、家で礼拝に参加する主にある兄弟姉妹たちは、礼拝堂に来て、礼拝に参加する兄弟姉妹たちを覚えて、コロナウイルスの脅威から守られますように。信仰が強められますように。心から恐怖が取り去られますようにと祈るべきです。 多くの教会がすべての集会を各自のいるところに変更しているこの時期、田無教会では小会や執事会の配慮でこのような選択肢があること、本当に感謝します。 私がこういえることには今までの私の信仰の歩みの経験があります。 皆様ご存知の通りにわたしは中国にこの15年ぐらい、毎年2回、家の教会を訪問しました。そして、二回は北朝鮮を訪問することも許されました。あそこでの主にある兄弟姉妹たちは命がけで礼拝に参加しました。大勢の人々が発覚され、投獄され、その中で殺された主にある兄弟姉妹も大勢います。 私は中国教会や北朝鮮へ行くとき、自分の意志で、自分が行きたいところに行ったことがありません。いつも神様に背中を押さえられて、恐れ恐れ行きました。ある時期、一昨年前、三ヶ国コンパランスの時田無教会を訪問した、文長老は自分も一緒に行きますと言い出して、三回ぐらい同行してくれました。何という慰めだったかを今も感謝しています。 もし、私たち、田無教会で信仰の歩みを共にしている兄弟姉妹たちが、礼拝堂で礼拝に参加しようが、各自の家で礼拝に参加しようが、それぞれ神様を愛し、真剣に神様に従って行っているという理解で一致し、今日の本文でイエス様が言われた通りに福音宣教に心が一つになり、それぞれ置かれた環境や場所の中で、主の福音の証人になっていくのであれば、コロナウイルスの脅威を用いて、私たちを脅かしているサタンとの戦いにもう一つの勝利を刻むことが出来るでしょう。 今日の礼拝に参加して、主にあって敬愛する田無教会の皆様、 今私たちに福音を広く伝えるために出来ることは何であるかを深く考えてほしいですね。 ―まず、自分が希望をもって、主と共に楽しく生きていることを見せる。 ―家族や友人に連絡して、私たちが覚えてその方々のために神様に祈っていることを大胆に伝える。 ―周囲に私たちの助けが必要な人々がいるかを探してみる。見つかったら私たちに出来ることがなんであるかを調べる。 ―その他。いいアイデアがありましたら、皆様と分かち合う。 ―一つでも実行していく。 皆様、元気を出しましょう。主が共におられます。 主のお守りと、導き、そして主の豊かな祝福をお祈りします。

田無教会 ジョンソク・ゴー協力宣教師

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